前回の講座は、高台を造成した「盛り土の宅地」に関して解説しました。基本的に嵩上げしているので土石流のリスクは低いものの、巨大地震によって擁壁や法面の崩壊、地盤沈下などのリスクは小さくありません。前回の講座は以下参考にして下さい。
今回は、低予算で土地探しをしていると遭遇する崖や擁壁のある土地です。西日本地区で幾度となく発生している『大規模土砂災害』に関して、自治体が後追いで指定強化している『土砂災害警戒区域』の宅地が増えてきました。特に中国地方は急峻な山がない代わりに、風化が進む花崗岩でできた小高い山や丘陵地が多く、平野が少ないため山裾に多くの住宅地が開発されてきたのです。
目次
土石流の危険地域
画像は2018年7月の西日本豪雨で被災した地域の半年後の様子です。真ん中を流れる川に土石流が襲い、この下流地域は多くの建物が土砂の直撃を受け建物が次々と破壊されていました。画像の左側の白い建物は、恐らく築5年以下の比較的新しい建物でしたが、川沿いの外壁やエアコンの室外機などは引きちぎられたままでした。
土石流は、山の沢に沿って崩落した土砂が、最も低い地形(=沢から川へ)を狙って下流地域に流れていきます。中国地方の山には『コアストーン』と呼ばれる直径2mを超える岩石が山に露出していて、このような大きめの岩石が転げ落ちていくと大きな被害に及びます。流れに勢いがつきカーブに遠心力が掛かると土石は川の護岸を越え、岩石や倒木などが橋脚で堰き止められるとそこから氾濫した川の水や倒木が、付近の住宅を襲うのです。
土石流の通りをイメージする
住宅を建てて安全かどうか、まずは自治体が出している『ハザードマップ』で当該エリアの危険性を把握しましょう。新規購入の場合は、宅建業者が重要事項説明で危険性を説明してくれます。そのうえで、自分でその地域の地形も航空写真やグーグルアースなどで確認して下さい。今はスマホでグーグルアースの三次元画像がスクロールできるので、がけ崩れや土石流が発生した場合のその地域の被害もイメージできるでしょう。
地下シェルターの設置と避難
土砂災害の危険性のある地域は、住宅建設を回避するのが原則です。しかし既に長らくそこに住んでいて、人間関係や経済的にも建替えを選ばざるを得ないなど、立地が変えられず”建物側で災害リスクを減らして欲しい”と考えるケースもあるでしょう。レッドゾーンではなく危険性が低いイエローゾーンで、建築着工に規制のない場合に考えられる対策です。
平成の30年間で広島市の土砂災害警戒区域を襲った三度の豪雨災害では、豪雨の予測精度や避難指示のタイミングが問題になりました。しかし『正常化バイアス』など、自分の家は安全だという判断の揺らぎや、避難したほうが危ないタイミングや地域もあり、自宅の中で出来るだけ安全に一時的でも逃げ込める『シェルター』を設けることが望ましいのではないでしょうか?戦時中の『防空壕』や『地下通路』なども、戦火を免れ、集落の人たちがすぐに逃げ込めるシェルターでした。物理的に危険から命を守る先人の知恵です。
画像はドラム演奏をしても近所迷惑にならない『防音室』を半地下に造った事例です。土砂災害の危険性を感じたら、出来るだけ上層階(2階)で就寝したほうがいいと言われますが、新築をするのであればコンクリートで地下空間を確保し、土石流が流れてくる上流側に入口をつくらない『地下シェルター』を一体で造ったほうがコアストーンの直撃でも家族の命は守ることが出来るでしょう。
ハリウッド映画で、巨大な竜巻やハリケーン、大地震などのパニック映画でも、地下空間に逃げ込むシーンをよく目にします。土石流や津波も含めて、水密性を高めて水や土砂が流れ込まないようにさえ設計し、2~3日間生存のための換気、水や食料、連絡手段が確保出来れば、格段に大規模自然災害での生存の可能性が高まります。
地下室の耐震性と保温性
大規模災害の避難で、実際に避難指示や警報が発令されていても、避難場所が遠くて避難所生活は過酷、車の中のほうがまだ快適でプライバシーが守れるといった人たちが圧倒的です。その結果『エコノミー症候群』などによって災害関連死に繋がる人たちも一定割合発生しているのです。
画像は福岡県糸島市で分譲された『荻浦ガーデンサバーブ』という住宅地。日本と同様に地震が多く、建物の倒壊経験から長屋形式ながら耐震性を高めて美しいビクトリアン様式の連棟の建物が人気の「サンフランシスコの住宅地」も参考に、地下が一体化した船のような基礎をつくっています。
がけ崩れの危険地域
広島市の土砂災害警戒区域
平野部の少ない広島市では、急激な人口増加に伴って、郊外の丘陵を切り拓き高台に数多くの大型団地が出来ました。元々の市街地は『デルタ地帯』とも呼ばれ、太田川水系の扇状地で、ほとんどの土地は津波や高潮で浸水の恐れのある『浸水想定区域』なので、戦後の経済成長で山を削った高台の開発が進んだのです。
図は広島市の都市計画審議会で示された災害リスクの地図です。モスグリーンが『浸水想定区域』で黄色が『土砂災害警戒区域』。市街化区域内で、危険区域を外せば、ほとんど住む場所がないほど危険と背中合わせの都市が広島市の現実です。
がけ条例
土石流ほどの大規模な被害にならなくても、裏山が崩れたり、古い石垣が膨らんで来たり、傾斜のある地形では崖や裏山にも注意が必要です。住宅地を購入する場合も、崖の存在によって思わぬ規制が入る場合があります。『がけ条例』と呼ばれる建築制限です。
画像は大型分譲マンション群がある広島市安佐南区のAシティですが、開発許可を得て宅地造成された検査済みの場所でも、新たに『土砂災害警戒区域』に指定されると、建物の新築や一定規模以上の増改築では、鉄筋コンクリート造など、土砂崩れがあっても安全な建物が求められます。
広島県のがけ条例による”崖の定義”は、敷地が2m以上隣接地や道路から高くなっている場所や、裏山が5m以上の高さがある場合に建物の配置や基礎の補強などの対策が求められます。広島県のホームページからイメージ図を引用します。
高さが2m以上ある擁壁(コンクリートや石垣など)の上に建てられる住宅は、擁壁の下端から30度勾配で斜めにラインを引き、そのラインまで基礎を深くするか地盤補強を求められます。がけが崩れたとしても建物が傾かないようにというラインです。この角度を『安息角』といって、一般的な土砂は摩擦で30度勾配以下には崩れないという想定で決められています。
バッファゾーンという発想
今回は、災害から”物理的”に距離を置くという意味でのバッファゾーンの提案です。
平成以降も自然災害が繰り返されましたが、残念ながら土砂災害警戒区域はすでに規制が強化される前に造成された数多くの団地があり、敷地単体や土地購入者個人の負担で危険を回避できるものではありません。特に急傾斜地の多い広島県内の住宅地には、下の画像のような”宅地開発に取り残された地域”が数多くあり、新たな規制では災害が防げないのです。
中国地方最大の政令指定都市広島市は、戦後に大きな都市構造の変革に取り組みました。原爆の投下によりそれまでの街が壊滅したということもありましたが、災害に強い都市をつくるために、巨大なバッファゾーンを都市の中心部につくったのです。その一つが火災の延焼を食い止めて都市景観にも寄与した『平和大通り』であり、河川の氾濫により下流に大きな水害を繰り返していた太田川水系の「山手川」と「福島川」を改修・拡幅して直線の人工河川を整備した『太田川放水路』です。
もはや広島市も人口増加のピークが過ぎ、空き家も増加、土砂災害に見舞われた郊外の団地や山裾の住宅地は、避難所や仮設住宅から戻らず引っ越していく人たちで人口減が顕著になってきました。奇しくも『コンパクトシティ』や『立地適正化計画』など、出来るだけ都心近くに居住地域を誘導しようという流れになっており、今や人口密度が低く所有者も不明の山林に『治山ダム』や『砂防ダム』といった大規模なコンクリート構造物に多大な税金を投入するよりも、そのお金で移転の補償を行って、危険地域に住む住民の移動を促して『バッファゾーン』を整備したほうが都市の持続可能性が高まります。世界の潮流は『SDGs』という持続可能な開発です。
草原ビオトープ型ソーラーパーク
災害危険地域に住んでいる人たちにも『財産権』がありますが、現状では土地の価格は上昇することはあり得ず、建物も残念ながら価値は落ちる一方です。それは地方都市全てに言える状況で、逆にいえば「売らない限り損は確定しない」と考えれば、危険地域に住み続ける限り価値下落が表面化することはなく、固定資産税負担だけが割高で支払い続けなければならないということと同義です。つまり負担もリスクも大きいのです。
100年後の災害で、土石流を押し留める強度があるかどうかも分からない砂防ダムに大金を投じても、50年後には住民が半数以下になる地域でもあり、今のうちに土木工事への公共事業費を、住民移転の補償費に変え、さらにヨーロッパで行われているような自然エネルギーのソーラーパークとして整備すれば、そこからエネルギー利用の収益も生まれます。
まとめ
私は2014年に発生した広島土砂災害で、広島市の幹部職員が犠牲になったことを知りました。1999年の豪雨災害発生後、国会議員や国土交通省などに奔走して窮状を訴えかけ『土砂災害防止法』成立に大きな役目を果たした広島市の部長です。安佐南区の毘沙門台にある自宅で被災し、帰らぬ人になりました。
画像は、その当時私も災害ボランティアとして床下の泥出し作業を手伝った安佐南区八木5丁目の土砂災害の現場です。国土交通省のゼッケンをつけたダンプカーの前にある右端の大きな岩は、山から転げ落ちてきた『コアストーン(花崗岩)』ではなく『治山ダム』が破壊され、転がり落ちてきたコンクリートの塊でした。砕石が混じったコンクリートだと気づき、人工でつくられた土木構造物の限界を知りました。東日本で巨額な投資をされている防潮堤も同じです。
もはや多発する自然災害と、逼迫する自治体の財政を考えると、その場所に人の生活も生産活動もない山林をかき分けて工事用道路をつくり、コンクリートと鉄筋の塊である『砂防ダム』『治山ダム』で、下流の住民を土砂災害から守るという発想自体が、さらなる自治体の財政悪化と将来の危険を繰り返すだけではないかとこの現場を見て感じました。
実際に2018年の豪雨災害では、安芸区矢野で春に完成したばかりの治山ダムに安心して、避難指示の警報でも逃げなかった住人が犠牲になりました。古い土木構造物ではなく、陳情を重ねて出来たばかりの治山ダムを超えて、土砂が住宅地を襲ったのです。
ゲリラ豪雨や線状降雨帯の発生の予測精度を高めたり、避難指示のタイミングや伝え方の改善、住民の避難意識を高めるといったことが、何年先に起こるか分からない豪雨災害から市民を守り切れるとは思えません。また『正常化バイアス』といった避難を避けようとする人間の習性・心情や、安全とは言えない避難経路、劣悪な環境を強いられる避難所など、技術立国・先進国とは思えない状態が阪神淡路大震災以降、東日本大震災も挟み二十数年間続いているのが日本の実態です。
それが『コンクリートから人へ』の本当の投資ではないでしょうか?