以前の住宅取得では、注文住宅と建売住宅は全く別の選択肢で、建物自体にこだわりは少なく”立地や予算を重視した一軒家派”は建売住宅を、建物にもこだわりがあり”家族団らんの生活優先派”は郊外に土地を求め、注文で家を建てていました。特に日本では「土地神話」が長らく続き、中古住宅は嫌われて「庭つきの新築一戸建て」を多くの人が求めました。その中でも、持ち家といえば「注文住宅」が一般的で、戸建住宅の7割近くが注文住宅です。
しかし最近では、より利便性を重視し予算面もシビアなため、土地の広い郊外の分譲地よりも、便利な場所で値ごろ感のある建売住宅、既成市街地の古家を購入して、建物解体後に注文住宅を検討する人、分譲マンション購入や、中古住宅のリノベーションなど、同じ人が複数の選択肢で検討されるケースが増えてきました。
そこで今回の講座では、建売住宅と注文住宅のメリット・デメリットを整理し、また欧米の事情なども紹介しながら「長期的視点」で住宅取得を考えて行きたいと思います。ちなみにタイトル画像は、米国フロリダ州の住宅地で分譲された『建売住宅』群です。
以前『中古住宅のリフォームか?建て替えか?』という記事も書いていますので、比較のために参考にして下さい。
目次
日本の注文住宅
上記の画像は、私が住んでいる広島市の郊外で宅地分譲されている大規模団地。これが日本の注文住宅の実態です。山を削り取り、整地された真新しい宅地に、ハウスメーカーや地元の有力な住宅会社・工務店などが、モデルハウスを建てて個々の建物のデザインや性能を競い合っています。業界的にいえば「差別化」された住宅です。
この分譲地では、1年間の展示期間が終われば、モデルハウスは一般に売却され、次の街区にまた新しいモデルハウスを建築して住宅展が開催されます。雑誌やカタログよりも、実際に自分たちが購入可能な敷地の広さ、価格で売り出された土地で、最新の住宅を比較しながら「注文住宅」をイメージしていきます。住宅総合展示場で建てられた70坪を超えるモデルハウスよりも現実的で、実際に支払い能力の範囲で建てられる注文住宅の最新事例です。
住宅の個性と価値の相反関係
日本では、持ち家の7割程度が「注文住宅」ですが、利便性の高い場所で日当たりや風通しが良く、適切な広さの住宅用地が少なくなる中、住宅雑誌や展示場のモデルハウスの影響もあって、住宅の外観デザインや間取りも多様化・千差万別になってきました。敷地の広さも敷地形状も、ほとんど統一された基準がなく、どんな敷地でも予算や要望に合わせて家を建てるためには、敷地ごとに一邸一邸個別にプランする「個別設計」(=注文住宅)にならざるを得なくもなっているのです。
また家を建てようとする世代の生活スタイルや趣味嗜好、好みのデザインなども多種多様になっていて、十人十色どころか、カタログに掲載されているモデルプラン、規格住宅では”帯に短し襷に長し”という、十分満足できない人たちが増えてきました。
服飾ファッションや車のカラーバリエーション、カーアクセサリーなど、個性にこだわり他の人との違い(=差別化)を出そうとするほど、よほどセンスが良くない限り、他の人にとっては「そのままじゃタダでも欲しくない」という評価になってしまうのが普通の反応でしょう。つまり、品質や性能を除き、間取りや外観に個性を求めるほど、将来は他人に中古住宅として”売りにくい”住宅になります。それが日本の現状です。
注文住宅の建築費
自ら仕様やグレードを下げることも出来る注文住宅なら、相見積や競争入札することで、建売よりも安く建てられる可能性があると考える人もいらっしゃいます。部屋数や床面積も自由になる注文住宅ですが、家族の要望をお聞きし、敷地形状や法規制に合わせてオリジナルな間取りプランを作成して、その後も見積作成や仕様決めなどの相談を繰り返す「担当者の人件費」だけでも、建売りと違い「時間」と「経費」が掛かります。
さらに標準的な間取り、標準仕様によらない「特殊な間取り」や「特許構法」、吟味された特別な材料や特注のキッチン・家具類などを頼めば、設計スタッフや大工さん、職人さんたちも手慣れた作業効率での仕事が出来ず、仕入れもスポット(小ロットの取引)となって材料自体も割高となります。すべては施工業者側による「差別化」で、購入者も洗脳させられるのです。
その上、注文住宅を手掛けるハウスメーカーや工務店の数が多く、自社を選んでもらうための「他社との差別化」のために、本来の住宅のデザイン・機能・性能に関係のない広告宣伝やカタログ・チラシなどの販促費用、設計知識に乏しい営業マンの雇用と契約に至らない数多くの無報酬のサービス作業など、すべてがコストアップ要因になるのです。
しかも、多くの人にとって住宅建設は初めてであり、適正価格や相場観はなく、モデルハウスの雰囲気や営業マンの印象で依頼先を決めている人たちがほとんどの状態なので、自社の利益を抑えて安く建てる理由も、次の依頼を見越して値引きするインセンティブも住宅会社側にはないのが日本の注文住宅です。
なお見積書の見方や建築予算の把握は、以前の以下の講座にてご確認下さい。
建築家・設計事務所による注文住宅
販売促進や営業経費、商談ロスなどが大きなハウスメーカーや住宅会社では、建物以外の経費が多大になるなら、自分たちは設計事務所や建築家に依頼すればその分、余計な経費が削減でき、建物自体にお金が掛けられるという考え方もあるでしょう。
画像は、明らかに設計事務所が担当したと分かる建物。住宅とは思えないかも知れませんが、建築雑誌でも賞を受賞した若手建築家が手掛けたれっきとした個人住宅です。外部仕上を木材とタイル、金属屋根を組み合わせたものの、10年も経たないうちに劣化や汚れが目立ち、新築時のデザインの斬新さ、特別な家に住んでいるという優越感は失われています。
このような「住宅には見えない設計」は特殊事例とはいえ、設計事務所は施主の個性以上に「建築家としての自分の個性表現」を建築物に求め、自分が設計した建物が”作品”として雑誌に掲載されたり、インスタやピンタレストなどのネットで画像がシェアされるような際立つデザインを志向しがちです。その上見積もる側は、安全マージンを乗せて割高の見積を出しがちで、慣れない材料や施工方法で工期や手間も増えるのが一般的です。
閑話休題・欧米の建築家日本で建築設計の仕事が職能としてスタートしたのは明治以降。外国から招聘した建築家に師事し、建築デザインを専業とする職業が生まれました。それまでは宇治平等院鳳凰堂や金閣寺、姫路城など『世界遺産に登録』される美しい建物や、全国の『重要伝統的建物群保存地区』でも、大工棟梁を中心とした職人が「規矩術」で図案をつくり、木を刻んで建てていたのです。
右の画像、私と一緒に原爆ドーム前で写っている外国人は、米国ワシントン州に設計事務所を持つマシュー・コーツ氏。民間のオフィスビルや公共建築物の設計のほか、個人の住宅も設計していますが、基本的にアメリカの建築家は富裕層の住宅しか設計しません。数千万円の一般的な住宅はほとんど注文住宅ではなく、建築家に依頼して自宅を設計してもらうような人たちは、数億円の豪邸を建てることが出来るスーパーリッチ層です。
今では日本でも有名な米国人建築家『フランクロイド・ライト』でさえ、米国の住宅金融では「ローン返済が終わるまでにこの斬新なデザインが米国の市場で受け入れられ、中古住宅としてローン残高分の担保価値があるかどうか判断できないから、そのリスク分は発注者である施主が頭金で負担しなさい」と、融資率は3割(つまり建築費の7割をキャッシュで用意できる富裕層だけが買える)というのが、建築家に発注して個性的な家を建てることをリスクとみるのが、欧米におけるプロの金融の査定なのです。
バブルに伴う土地形状・土地価格の副作用
平成に入ってからの住宅供給は、バブルで上がり過ぎた都心部や都市近郊の住宅地では、庭付きの一戸建ての新規取得は厳しく、郊外にスプロール化していきました。しかし長引く景気低迷と所得水準の停滞によって、郊外でも土地付きの住宅取得は困難となり、通勤にも時間が掛かって通勤手当も縮小されるなど、住居の都心回帰に変わっていきました。
しかし都心や近郊では、地価の高さから土地の複合利用・共同利用でしか地価負担が出来ず、マンションなど高層化・共同住宅化が進みました。一戸建てに住もうとすると、敷地を細分化して従来では宅地として考えられないような狭小地や変形地、傾斜地なども宅地として売り出され、ハウスメーカーのカタログに記載されたような標準的な家は建てられない敷地も増えています。敷地に合わせて、無理やり家をつくるしかないため、自由設計の注文住宅、建築家を使った特殊建築が増えたのです。
画像は、広島市佐伯区で売り出された土地情報。元々80坪を超える良好な住環境でしたが、立地的に3千万円を超える土地を購入する層はもっと利便性の高い場所を探すため、二区画に分筆されての販売です。前面道路に面した間口が7mを切り、奥行きは約20mで、前面道路が狭いためセットバックが必要な土地。民法の規定通り、敷地境界から50cmずつ離して住宅を建てると、片廊下の家しか建たないでしょう。
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建売住宅
日本の建売住宅は、戦後の経済成長と人口増加で、大都市近郊の農地を”虫食い状態”でミニ開発された小規模住宅がほとんどです。敷地に余裕なく小さな住宅を詰め込んで低価格で販売したという印象が強く残り、住環境も建物の品質もいいイメージがありません。需要のほうが大きく「安かろう悪かろう」でも売れた時期があったので、今でも建売住宅は『予算が少ない人が買う住宅』で、入居者の社会的地位も低く見られがちです。
画像はアメリカで見られるごく普通の住宅地。建物はすべて「建売住宅」で、すでに用意された『プランブック』の中から選び「この住宅がいい」と注文(Order)するのです。道路から建物のラインまでの「壁面後退」が決められていて、デザインコードも統一され、経年するにつれて街路樹や裏庭の樹木も大きくなって、良好な住環境に成熟します。
紳士服店に並べられているスーツと同じで、デザインや色、素材などの違いはあっても、基本的なフォルムやシルエットにルールがあるから、有名デザイナーでなくても、プロがチョイスしたデザインはどれを選んでも大きな外れがなく、並んでも調和のあるリズムが街並みを形成します。この中に、まったくテイストや価格帯の違う、プレタポルテやオートクチュールで頑張ると、調和が崩れどちらも品のない建物に感じられてしまうのです。
街並みの個性と資産価値の相関関係
米国の注文住宅(Custom Home)は、基本的に富裕層が広大な敷地でプライバシー重視の豪邸を建てるので、公道から建物は見えず街並みを形成することはほとんどありません。一般の市民が購入できる住宅地は、デベロッパー(開発業者)が宅地造成や道路、上下水道などのインフラを整備し、その地域で住宅建築を手掛ける複数のホームビルダー(建築業者)が、まとまった街区ごとに自社のテイストの住宅群のコンセプトと街並みのイメージをプレゼンし、販売価格と顧客ターゲットを選定します。
画像はシアトル郊外の高台に開発された『ハイランドパーク』という分譲地。色分けされた3社のホームビルダーが、それぞれモデルホームを建て、道路を挟んで向かい合った数棟の並びを、同じホームビルダーが住宅建築します。日本のように更地だけで『建築条件付き』として、自由にプランを依頼できる「注文住宅」ではなく、すでに建物配置や外観などのデザインコードや街並みのテイストは決められ、建物込みの販売価格も表示されます。
まとまった建築ボリュームがあり、連続した住宅なので、街並み景観全体をデザインし、資材もまとめて購入することで、バラバラな場所に建築される注文住宅を、個別に設計や資材調達をするよりも、はるかに経費も原価も安くなります。施工もチームを組んだ職人たちが順次作業を邸ごとに移動しながら効率よく施工でき、現場トイレや足場などの仮設資材も共有化できるため、作業ロス削減や工期短縮が可能となり、圧倒的な低コストで個性豊かな街並み、住環境をつくることが出来るのです。
モザイク画か寄せ書きか?
私が欧米の住宅地を視察し、日本の住宅地と比較した時に、なぜこれほどまでに日本の街並みは調和がなく混沌としており、悪く言えば「無政府状態」なのが不思議でした。個人主義と思われている西洋が、街並みが整い、全体主義の日本のほうが統一感のないバラバラな街並み・・・。
その秘密は、都市計画の考え方にあり、また「通りに面した建物のファサードは、個人の所有であっても社会資産である」という、社会の共有財産を大切にする西洋人の価値観・考え方にありました。まさに『区分所有』によって「共用部分」と「専有部分」とに分かれている分譲マンションの管理や大規模修繕と同じ考え方です。
上記画像は、米国フロリダ半島のメキシコ湾岸沿いにある新しい街『ローズマリービーチ』。真っ白な砂浜に面した街に、自動車が普及する前のような徒歩中心のTND(Traditional Neighborfood Development/伝統的近隣住区開発)による新しい住宅群が所狭しと並び、日本の昔の港町のような様相になっています。
写真で分かるように、デザインコードが統一され、一定のルールに基づいて住宅建築されているので、ここでしか見れない景観を形成し、ここに住みたいという人たちが全米から集まっています。人口規模は小さな町ですが、不動産の資産価値は上昇しているのです。
低所得者と社会住宅
欧米は日本以上に階層があり、格差が住宅地にも現れていますが、低所得者をそのまま放置しておけば、街はスラム化し犯罪の温床になるため、自治体が補助して廃れた住宅地をリノベーションする『HOPE-Ⅵ計画』が実行されました。低所得者や高齢者なども家賃補助を得ながら快適な生活が送れる住宅地が全米各地で開発されています。
画像はシアトル市郊外にあった飛行機製造会社ボーイング社の社宅跡地をHOPE-Ⅵ計画により開発した『ハイポイント』の街並み。航空業界の不況によりレイオフされたボーイング社の工場労働者が住んでいたこの地域は、普通の市民は寄り付かないような”怖いエリア”になってしまい、川も薄汚れてサケの遡上もみられなくなって久しい状態でした。
こちらの画像は、米国フロリダ州の低所得者向け住宅地。リーマンショック後の住宅バブル崩壊で売れ残った開発地で、建物を連棟(長屋形式)にすることで、さらに建築コストを圧縮して低価格で売り出しました。欧米の住宅としては外部の装飾が少ない、のっぺりとした住宅なので、見る人が見ればローコストの建売住宅と分かりますが、日本の建売住宅よりも「通りに面した建物のファサードは地域の社会資産」という意識が伺えます。
資産価値が続く住宅地
日本では、どれほど予算を掛けた注文住宅でも、9割以上の住宅は20年後の資産価値は限りなくゼロに近づきます。ほぼ土地代だけの不動産価値となり、いざ売ろうとした時に初めて「評価損」が表面化します。それは薄々感づいているものの、売らない限り損失が確定されないから、日本では子供たちが成人し、家を出て行って2階が倉庫と化していようと、売却して次の住居に移るということはほとんどありません。多くが35年の住宅ローンで、売却損によって住宅ローンの残債が残るため、新しい生活に移れないのが隠れた要因です。
画像は米国ワシントンD.C.の郊外、ケントランドの連棟住宅。日本ではこのような傾斜地は、土木工事でひな壇造成が行われ、コンクリート擁壁やブロックの法面がむき出しにされて、ただ住宅が並ぶだけの日本中どこでも見られる住宅地になります。「ここに住んでみたい!」という魅力ある住宅地には、日本でお目にかかることがほとんどないのです。
日本人が「長屋はイヤだ」と多くが嫌うセミデタッチドの連棟住宅に、窓が三列しか取れないほどの狭小間口の建物が並んでいます。日本では建物同士の隙間を開けるからもっと狭い間取りで、側面にも壁が必要になれば、採光も景色も望めない窓取付けや外壁仕上げを余分に負担しなければならないのが、日本で建てられている都市部の注文住宅です。
「国土が広いアメリカではゆとりある大邸宅に住め、日本は国土が狭いから仕方ない」ということは、この住宅を見れば”単なる言い訳に過ぎない”ことが分かります。ここに見える建物や街並みは、きっと50年後もこの風景は変わることなく、周りの樹木と入居者の顔ぶれが変わっているくらいでしょう。もちろん将来の賃金上昇・物価水準分は価値上昇するのが欧米の住宅で、売却益が出れば、容易に移転することが可能です。
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リースホールドという第三の選択肢
日本と同じ島国の英国では、広大な土地を所有する元貴族や大地主が、長期に亘って土地を貸し与える『リースホールド』によって、自らお金を出すことなく、未耕作の荒地を優良な住宅地に生まれ変わらせ、近隣の地価上昇と相まって巨額な富の形成と良好な街並みを手に入れました。つまり”土地は地主の所有”で、入居者は”建物だけ所有する”という、日本では新しい所有形態です。「シェアリングエコノミー」という、所有より使用価値を重視する時代には、これまでにない一つの選択肢です。
土地所有者にとっては、変化する自然の環境リスクに影響され労働力が必要な農業・耕作よりも、立地条件によっては住宅地として土地のみ『地上権』や『賃借権』を提供し、地代収入を得るほうが、安定した収入と土地所有の継続が楽だったのです。入居者にとっても、土地を購入しなくていいということは、土地に縛られることなく負担も軽減できました。きちんと管理された良好な住宅地であれば、建物自体も値上がりし、中古で売却しても購入時よりも高く買う人たちが順番待ちする状態になったのが英国のリースホールドです。
賃貸住宅と持ち家の比較は、以下の講座で復習して下さい。
画像はロンドン郊外で1910年代から開発された『ハムステッド・ガーデンサバーブ』の街並み。産業革命が進み、工場労働者向けの住宅地が不足して”投機的開発業者による自然破壊”が懸念される中、自然保護運動を展開していたヘンリエッタ・バーネットという社会運動家の女性が投資家からお金を集め、非営利団体を組織して240エーカー(約98ha)の土地を購入してこの住宅地をつくりました。
当時は、彼女の夢であった労働者階級向けの田園郊外の自然環境豊かな住宅地を目指し、誰でも住める『階級混在社会』を実現させました。しかし住環境の良さから、スモッグで薄汚れたロンドン中心部から脱出し、緑豊かな郊外へ移り住みたい富裕層にとっても魅力的な住宅地となって、開発から100年を経た現在は、高級住宅地として人気と住宅価格が沸騰しています。基本的に土地は非営利団体が所有し「99年間のリースホールド」て貸していましたが、今では一部売却して、莫大なキャピタルゲインを得ているということです。
日本の借家は、住宅地の魅力に伴い周辺地価が上昇しても、賃借人の権利が強く、不動産の値上がり益は地主よりも入居者の利益となって、正当理由がない限り貸した土地も家も地主家族に戻ってこないという法律が土地の活用や賃借を縛っていました。その状態を変えなければならないと、バブル崩壊後の1992年に新しい『借地借家法』が定められ、その中に『一般定期借地権』という、英国のリースホールドと同じ仕組みが法整備されたのです。
土地所有者のメリット
日本では戦勝国の英国と違って、戦後の土地解放や財閥解体等によって、大地主はいなくなり土地所有は細分化されました。食糧不足で食うに困った時代を経て、農家は小規模農業を続けてきましたが、郊外への宅地化が進み、大型商業施設も郊外化するなかで、地価の上昇や土地需要の高まりで、1.そのまま農業を続ける、2.宅地開発業者等に売却する、3.自ら賃貸住宅を建設して家賃収入を得る、4.法人に貸して安定収益を得る、という4つの選択肢から選んできました。
特に首都圏では、バブル期の土地不足から市外化区域の農地の宅地化が進められ、農業を続けるためには『生産緑地』の指定を受けて30年間営農するという義務と引き換えに宅地化を免れましたが、いよいよ2022年には、30年間を経た農家が「営農か?宅地化か?」を迫られ始めます。
すでに首都圏でさえ郊外の団地は高齢化と空き家の増加に悩まされ、相続税対策として大量に建設されたアパートも、空室の増加や維持管理コストの上昇、供給過多によるアパート経営の破たんも増えました。賃貸住宅を相続することになる子供たちには、親の代で処分して欲しいという状態です。安定的に借りていた法人も、物流倉庫や中規模商業施設はさらに郊外に大型化し、従来の好条件で借りる法人は減り、コンビニや携帯ショップ、デイサービスなどが強気の条件で借り、いつ契約解除されるか分からない状態になりつつあるのです。
土地利用で最も時代の変化に影響されず、安定的に借りてくれるのは、個人の居住ニーズです。地域の経済成長や周辺の商業が十分成り立っていた時代は、個人よりも法人に貸すほうが高い賃料が得られ、貸し倒れや家賃滞納の心配がない安定的な土地経営が可能でした。その時代には固定資産税の高さや相続対策もクリアできていたのです。
しかしもはやそんな時代ではありません。企業は賃料や賃金を抑えられる郊外化・非正規雇用、海外移転などで借り手がいなくなるなど、土地利用ニーズが減退し、中心市街地でもコインパーキングばかりが目立つ状態になりました。今はコインパーキングのニーズがあっても、結局空き地で雇用も住民の増加も生まないから、地域は高齢化が進み購買力も低下、商店は衰退して自動運転などが進むと、コインパーキングの利用率も低迷していくでしょう。固定資産税負担や将来の相続税の備えを考えても、長期に亘って安定して借りてくれる複数相手と契約できることは、1社との法人契約や賃料交渉よりもリスクが回避できるのです。
もちろんリースホールドによる小規模宅地の利用は、固定資産税や都市計画税が約5分の1に下がり、土地上に他人の居住権がついていることで、相続税評価の圧縮も可能です。50年以上に亘って賃料支払いをしてもらい、その後は契約の更新がないので、確実に土地は親族のものとして戻って来るのがリースホールド(一般定期借地)による土地活用です。
入居者のメリット
これまで、誰にも遠慮なく生活しようとしたら、自分の土地に自分の建物を建て、全てを所有するしか方法がありませんでした。しかし”自分たちが他人に煩わされず住みたい”と考えるのであれば、近隣の人たちのワガママや身勝手な振る舞いも容認・尊重しなければなりません。セキュリティやプライバシーを重視し過ぎた結果、近隣に住む人たちとの関係を無視し、地域で孤立しても平気なモンスター住民も生み出しました。
リースホールドによる住宅地は、土地を購入しなくて済むから、土地代の返済に伴う金利負担や土地の固定資産税支払いがなく、住んでいる期間だけ土地代を払って、引っ越しの必要が出た時には建物自体を売ることで自由度が高まるという経済的メリットもあります。そのためには、英国のリースホールド住宅地のように、誰もが住みたくなるような住環境・魅力が続くような街並みや維持管理が重要で、これまでの日本ではそんな発想で販売された住宅地はほぼ皆無でした。
基本的にリースホールドは、一区画の土地の所有権ではなく、複数の分譲マンションが建っている街区の「マンション管理組合」のような、一定の塊になった住宅地です。戸建住区でも建物の維持管理や景観の維持、住民トラブルの回避は、土地所有者と複数の入居者による合議制(ルールに基づく会議・総会等)で決められていくので、資産価値の維持に関して多くの知恵と、極めて民主的な方法で自分たちの住む環境を創造していくことが可能です。
これまでの日本で手掛けられた「定期借地権付住宅」は、そんな発想が皆無でした。バブルで上がり過ぎた土地の処分方法として目先の安さを演出し、保証金や前払い地代を負担させて、建物自体に大金を投じさせ、請負契約で稼ごうというハウスメーカー・住宅会社が手掛けました。「家を買ってもらったらその後は一般の持ち家と同じです」と売り逃げし、分譲マンションのような管理や資産価値維持の仕組みもサービスも存在しなかったのです。
リースホールドによる住宅供給や土地利用は、また別の機会に詳しく説明していきます。